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2012年 01月 25日
今朝、仕事場で新入社員に、書類の間違いを注意した。「○○君、この書類、間違いがあるよ」「えっ、どこですか?」「どこが間違ってるか、自分で確認しなさい」2,30秒、私の横で書類に目をとおしていた。見つからず、自分の席に戻るや否や、隣の席の先輩に「どこか間違っているようですが、分かりますか?」と聞いている。自分が記入した数字などの間違いを、もう一度自ら見直し確認もせず、先輩に聞いてしまうことの安易さに驚き情けなかった。結局、間違いを指摘され、すぐに私のところに来て「すみませんでした、ゼロが一つ足りませんでした。」とにこにこしながら言ってきた。おい、そこの若いやつら、考えること自体が面倒なのか、すぐに安易な道に逃げる習性があるのではないか。どんな間違いがあるのかの「思考能力」「問題発見能力」、どこが間違っているのかの「想像力」、しばらく時間をかけて考える「忍耐力」、それらの決定的な欠如である。一般的には、明るく、優しい青年ではあり、悪い印象はないが、人間として生きていくために、それで良いのか。申し訳ないが、私にはそれを教育する気力はもうない。自分自身で気がつき、自分自身で直していってもらおうか。しかし、その作業も面倒くさいかも。
2012年 01月 20日
いくら私が、医者通いとはいえ、「左クリック」と書くところを、「左クリニック」と書いてしまった。これは本当の話です。
2012年 01月 19日
義兄が亡くなったと、奥様から連絡が妻にあった。妻との結婚にも一つのきっかけを作ってもらった。初めて会った時は、あとずさりしてしまうくらい怖いという印象だった。沢田研二によく似ていた。最近では沢田研二とは反対に30数キロと痩せてしまっていた。海外も含めたマラソンを何度も完走している。そんな強靭な体も病には勝てないのである。
2012年 01月 17日
今年は「退職」の年になるのだろうか。先日、友人にもほぼ9割退職するつもりと伝えた。60歳定年で、リタイアした友人も1人はアルバイトを始めた。もう一人はジム通い、来週には冬の北海道に流氷を見に行くと言っていたが、かなり暇を持て余しているようだ。生活のことを考えれば、まだ働けるうちは頑張るのが常套だとは思うが、今のような「閑職」に席を置く限り、再々雇用延長は無理なように思えてきた。単なるパートタイムジョブか嘱託のようになれば、また新たに覚えなくてはいけない事柄が出てくる。腹の底から、もうひとふんばり頑張ろうという気持ちが湧いてこないのである。社員の言動、行動も私の物差しではちょっとそれはどうかと思えることが多々ある。もう教育だ、指導だという気持ちになれない、会社に対しての気持ちが薄れてしまったということなのか。とは言え、退職した後、バラ色のハッピイリタイアメントが待っているだろうか、それも仕事以上に難しいのかもしれない。
2012年 01月 12日
2年間使ったCITIZENの歩数計をワイシャツと一緒に洗濯をしてしまった。これで、2度目。新たなOMRONの歩数計を購入した。この2年間、腕時計よりも、眼鏡よりも、スマホよりも、下着よりも、一番長く私と行動を共にしてきた。ただ、申し訳ないと思っていることは、平均二千歩にもとどかない歩数に私自身が甘んじてしまい、もう少し働いていただきたかった。三代目には頑張ってもらうことにする。
2012年 01月 09日
妻と二人でCBC開局60周年の記念「青春グラフィティコンサート」に行った。50歳代、60歳代を中心になんと7千人もの人が集まった。山本潤子が私の好きな曲「スカイレストラン」を唄いはじめた時は腕から体にかけて鳥肌が立った。ハスキーな伸びのある声が会場に響き渡った。懐かしい彼と会う前に「髪を洗った」など、女性の細かな心と別れた女の意地のような言葉が散りばめられ、それを淡々と歌う彼女は素晴らしかった。ただ、ユーミンがかまやつひろしにプレゼントした唄とは未だに信じられない。妻はどうもこの歌はお気に召さないようだ。
2012年 01月 06日
弟家族たちが帰り、娘家族が帰り、息子が帰り、そして夫婦二人だけの夕食となった。
2011年 12月 15日
14日午後一時過ぎ、岐阜県美濃を震源とするこの地方でも震度4の地震が起きた。わが社には「緊急地震速報」の端末が各フロアに置かれている。緊急地震速報は揺れる前に地震波のP波をいち早く感知して、その場所の揺れるまでの猶予時間と震度を知らせるものである。今回3Fのある社員は、「震度3、7秒後」というアナウンスを「震度7・・・」と聞き間違えて、腰を抜かしそうになるほど驚いたそうだ。おまけに、ドーンという感じで一瞬揺れたので、他の者もついに来たかと思ったそうだ。
2011年 12月 06日
あるところで、旅行の積み立てをしているのだが、それが今回「韓国・ソウル」となった。香港だと聞いていたので、楽しみにしていた。少々、予算が不足していたらしい。1月末にソウル?「冬のソナタ」のチェ・ジウの吐く白い息を思い出す。よりによって、なぜこの時期に寒いソウルなのか!室内と外気温の差が激しいのは、私の不整脈の心臓によろしくない。さらに、辛い食べ物は苦手だ。胸が苦しくなる。肉は好きだが、焼肉は好きではない。どこがうまいのか。韓国のステンレスの器、ステンレスの箸、冷たく感じる。箸は木に限る。さらに、韓国の方から直接聞いたが、韓国は以前から北との戦争状態にある、今は単に一時休戦状態で、時々緊張した状況にもなる。そんなところに、ナジェ??
2011年 12月 05日
先日、サッカーのロンドン五輪の予選の試合があった。日本vsシリア、結構シリアは強豪だ。結局2対1で辛くも日本の勝利となった。ところで、この2得点が今日のテーマ、問題点なのだ。日本の1点目は後半直後だった。前半が終わり、休憩となったので、他のチャンネルに変えて、番組を見ていた。そろそろ後半が始まると思って、サッカーにチャンネルを戻したら、あれっ?日本の1点先取。見逃した!その後、シリアに同点にされ、タイミングを見計らって、トイレに行った。もちろん、小さいほうだ。戻って、テレビの画面を見たら、2点目が入っていた。もちろん、嬉しいのだが、その瞬間を見ていなかった。複雑な思いだ。うーんまた、見逃してしまった。結局、試合は最後まで見たが、日本の2得点は「生」で見れなかった。スポーツの醍醐味は「生」に限る。
2011年 12月 04日
私がなんと雑誌の特集で取り上げられたのである。もちろん、私の顔写真、名前が書かれているので、私に間違いない。スポーツに音楽に、そして地域の祭りにも参加、八面六臂の活躍と紹介されている。いささか、恥ずかしい。私の名前はけっこう珍しい。同姓同名はありえない。まして、顔写真はいつものこの顔、私である。しかし、本当のところ私はスポーツは苦手、高校時代、体育の授業での鉄棒のテストはいまだに友人から言われる。唯一、高い鉄棒に上がれなかった。しがみついたたままで、どうしようもなくマットの上に着地、みんなは爆笑だった。楽器は笛程度、さらに音痴だ。好きな歌ほど音痴になる。祭りは大嫌い。囃子の音が聞こえてくると、窓を閉める。それなのに、なぜ?どう見てもこれは俺じゃない、絶対に違う、そんなはずはないだろう。別に頼んだわけでもない、「いったい、これは誰だ!」と思い巡らしていると、目が覚めた。
2011年 12月 03日
父親からもらった中国製の乾電池式電気カミソリが重宝している。いつも運転席の横に備え付けてある。信号で停止しているとき、すかさずBOXから取り出し、ジョリ・ジョリ・ジョリ。わずか15分の自動車通勤であるが、赤信号を利用して、ジョリ・ジョリ・ジョリ。これまで赤信号が長くて、イライラしていたが、今では貴重な髭剃りタイム。何ぶん、通常の家庭用の電気カミソリは騒音がひどい、話も中断、テレビは映像のみ、車の中はそこそこ騒音があるので、気にならない。精神的にも穏やかになれる。
2011年 12月 02日
たいしたことはないのだが、就寝中に2回ほど目が覚めた。私は抗不安定薬「デパス」をもう2年ほど服用している。このデパスを飲んでから、熟睡できるようになった。少なくとも私には効果がある薬だと思って、医者に言えば「飲んでいるという安心感から良く眠れているのではないか」という返事(それは薬の効果がないということなのか)だった。ある日の翌朝、薬のケースを開けてみると、なんと前日の夜、飲むべきデパスがⅠ錠残っているでのはないか。つまり、飲んだという安心感で眠れているはずであったが、実際には飲んでいなかったので、眠れていなかったのだ。これで、もう3回目、デパスの効果が証明された。
2011年 12月 01日
無くなっていると思い、あるものを買ってきたのであるが、なんとまったく同じものが引き出しから出てきた。なんだ、あったのかっ!いづれ必要になる別のものをを買わずに、すでにあるものを買ってきているのだ。これって、かなり脳が萎縮してきた証拠か?
2011年 11月 22日
目の飛蚊症、かすみ、暗闇にちらちら光視症、たまにある目の鈍痛(頭痛?)に悩まされている。本来飛蚊症は10人中、9人は加齢などによる問題はないというか、止むを得ない症状だが、残り1人は網膜裂孔などに伴うもので、最悪網膜剥離に進行し、早期に医師の診断を仰がないといけない。そのわずか1割の確率にもかかわらず、見事くじを引いてしまった。宝くじやナンバーズには当たらないが、こういう嫌なものには確率を超越して当たってくれる。
2011年 11月 04日
ついに、住宅ローンが完済となった。35年のローンであったが17年でゴールを迎えた。当初は70歳台になってもローンを払い続けるのかと不安があった。子供二人を私立大学に行かせ、そのうち一人は予備校、県外へ下宿、理系というおまけが付いた。それでも、ハワイやラスベガス旅行、国内旅行も重ねてきた。さらに夫婦2人だけの海外旅行も愉しんできた。車は3,4台購入し、よく返済できたものだ。しかし、幸か不幸かこの4月で定年になり、給料も半分、モチベーションは1/3とあいなった。若干のずれが、今となっては痛いと思うのは、笑ってしまうくらい「すっからかんのかん」となった。このところの秋風が冷たく感じるのはそのせいか。
2011年 10月 16日
「人生の整理術」~老いをスッキリ愉しむ秘訣~保坂隆著を読む。いらなくなったものを処分していますか?まったく、そうはなっていない。古本、図書館の除籍本、VHSのビデオ、コード類、資料、本体はもう廃棄したのに残る取扱説明書、文房具ああスッキリしたい。身辺整理はちょいと早いが、快適な暮らしは、もっともっとモノを少なくすることである。 「食」のサイズダウン、60歳代は腹七分である。医者には、腹八分の自慢げに言ってしまったが、もう七分で良いようだ。一日三食も必要なし。三食になったのも江戸時代からだそうだ。私は仕事の日は、三食だが、休日は二食、お茶を飲むか、牛乳程度でさほど空腹にならない。夜には程よくお腹がすいてきて、食事もおいしく食べられる。もう一つの「しょく」は「職」である。勝手に、週休3日にし、提出物等のチェック、報告書、日報のチェック、社員のアドバイスなど、仕事にしている。もう、腹七分ならぬ、脳三分というところか。収入の「入」もサイズダウン、身長の「長」もサイズダウンだ。171.8cmくらいあった身長も、順調に少づつ下がり、今では大台の170cm一歩手前まで来た。父に聞いたら6cm(現在87歳)も短くなったと言う。「人」のサイズダウンはもう小学校の頃から、一人が一番気が合うのである。賑やかしの友達は4人だけ。ザッツ・オール。 「旅」のサイズダウン。旅行もあっちこっちと計画を立て、そのとおり実行できると悦に入る。翌日にも疲れが襲う。それよりも、ゆったりと公園で、浜辺で、ベランダで、飲み物片手に読書といきたいものだ。休息のため、リフレッシュのための旅のはず。さて、実現できるか、今、旅のための予算を600万取っている。もちろん、生活費が優先ではあるが・・・・。自分で稼いだお金は自分で使い切る。立派な葬式は無用、生きている間に愉しむ。子供たちには、この家と土地だけ残す。これでいくぞ。 2011年 10月 08日
まったくこの年齢になると、いろいろカラダの不具合が出てくる。高齢者の8割が元気だとテレビ東京のWBSという番組で言っていたが、私はその仲間に入ることができるのだろうか。9月の10日前後から頭がふわふわし、肩こり、時にはカラダがだるいこともある。ふわふわとは、雲の上を歩いているような感覚が頭にあり、また立ちくらみのような、そのまましゃがみこんで、気を失ってしまうように思うときもある。また、右眼の左奥にやや鈍痛がある。頭痛もある。下痢も伴うときもあって、絶好の季節を迎えているにもかかわらず、気分はすぐれない。医師に相談すると、脈拍が遅くなっていた場合は心臓に原因があり、正常であれば原因は他にあるというが、その程度は私でもわかる。
2011年 10月 07日
光より速いかどうか、競争したことがないから、実のところは分からないが、10ヶ月の孫の成長、変化は早い。寝返り、ハイハイ、その速度、紙風船で笑っていたらいつのまにか笑わなくなる、つかまり立ちする、誰の助けも借りずに座っている、ミルクも要らなくなったら、自分の手で払いのける、電気コードや携帯、鍵、懐中電灯などオモチャよりもはるかに興味を持つ。自分の子供の時もそうだったのかと思うが、ほとんど記憶がない。二人の子供のときもそうだったんだよと妻が言う。記憶喪失症に近いものがある。
2011年 09月 09日
掃除機で二人の人間を吸い込んでしまった「夢」を見た。その二人が誰かは分からない。掃除機の大きさは実物大だが、人間が吸い込むことができるくらいの大きさだった。その日の朝、目覚めて、おもむろに階段を降り、リビングに着くや否や、壁にとてつもない大きさのクモがいた。足を左右に広げれば10cmはあると思われる。そのクモは白い壁を這いずり回っていた。思わず、掃除機を取り出し、電源コードをコンセントに差した。あまりにも先ほど夢の中で起きていたことと酷似していたので、掃除機は妻に渡した。必死で逃げる黒いクモ、レースのカーテンの裏に回り、逃げる。掃除機の先は追っかける。床に飛ぶように着地したクモがズボっという音とともに消えた。人間ではなかったと思うが・・・。
2011年 09月 08日
起きた時に、右眼の上部に鈍い痛みがあった。これまで時々、あったが、朝からは珍しい。同時に頭がふわふわする。8月はそれを忘れる程、その症状はなかったのだが、9月に入り、始まった。日中は涼しくなり、エアコンをかけなくても、扇風機で眠れるようになった。すると同時に、頭がふわふわし始めた。調子のいい時もあるが、突然、首の後ろの重さ、肩こりが始まる。こんなことじゃ、ハッピーリタイアメントが実現するのだろうか。
2011年 09月 04日
「スッキリ落ち着いた暮らし 68のヒント」(金子由紀子著)を読む。すでに、実行してきているものもあれば、なるほど一つやってみるかといういいお話が聞けた。ただただ、時間に流されてしまう日々だが、ここは立ち止まって、地に足をつけて、また明日を迎えよう。 ジェット機も車もでも、エンジンが始動する時、一番燃料を使う 今、目の前のことを一つやる 何かするついでにもう一つ片付ける、手ぶらでは戻らない 繰越を続けているToDoはとりあえず止めてみる 暮らしにリズムが出てくると、いろんなことがこなせられる 「分ける」そして、大きなものから片付ける 飾り過ぎないこと、立体にするのではなく、できる限り平面にする 玄関は、なるべく物を置かない リビングはフロアに物を置かない 食卓の上には物を置かない ミニタオルを常備する、拭いたら洗濯機に入れる 色の統一、規格の統一 台所は、ダブっているものを減らす 平面を増やす、架けて、吊るして、壁面収納 「忙しい」と言わなければ、忙しくなくなる ノイズ(自分の暮らしにふさわしくないもの)となるものを減らす ロゴやキャラクターを排除 習慣にすれば、ストレスフリー 一定の結果を出すためには、一つのことに、最低2週間かける 「欲しいもの」を書き出すと、「必要なもの」を手に入れるようになる 何か一つ「緑」を育てる 歩くことは心を整えられる 重ねる、揃える、畳む 毎晩やる小さな日課を作る、継続することで小さな自信が生まれる 今日はいろいろできずに終わったが、この二つはできたな・・・と思う 2011年 08月 27日
「データが重複しています。」それは、「じゅうふく」ではなく、「ちょうふく」ではないのか。調べてみると、もともと「ちょうふく」だったが、「じゅうふく」と読む人も多くなったので、「じゅうふく」でも良くなった。そんなことが、月に人間が行く(ちょっと古いが)この時代に、あっていいのか。みんなが間違えれば、その間違いも正しいというのか。赤信号もみんなで渡れば、青信号なるとでも言うのか。重なる意味は「ちょう」と読み、重いと言う意味では、「じゅう」と読むと、私はちゃんと側頭葉に記憶として蓄えているのだ。
2011年 08月 26日
車でたった30分たらずの道のりで、いろいろなことが起きるものだ。最初の交差点で、信号待ちをしていたシルバーメタリックの軽自動車がいた。信号が青になっても動かないので、しばらく我慢をしていたが、その気配が無いので、1回クラクション鳴らした。しかし、まったく気づいていない。今度は、プップッと2回鳴らした。ようやく気づき驚いた様子だった。車は左折した。すでに、信号は黄色信号に変わっており、私もあわてて左折した。今度は、目的地の近くの道路の真ん中でに、白い色の雨傘が舞い降りていた。昨日の大雨で使った傘を干していたのはいいが、いたづらな風のなせる業である。次に、帰路、またもシルバーメタリックのワゴン車の後部がさらに停止線を越え、交差点の中ほどで停止していた。急いでいて、信号が急に赤になってしまい止む無く急ブレーキをかけて停止してしまったのだろうか。ようやく、信号が青になり、発信と思いきやいっこうに動かない。またしても、クラクションを鳴らそうかと思った瞬間動き出した。それものろのろ運転、やや蛇行運転、危険極まりない。やや怒り気味の私はスピードを上げて、早く行かないかとと接近した途端、急に左のウインカーを出して左折した。思わず、急ブレーキ。入っていったところはドラッグストア、薬が切れていたのだろうか。
2011年 08月 21日
市の主催の「ウクレレ教室」にこの7月参加した。16名の募集に18名が応募し、そのままめでたく、全員当選。2年前に、ハワイに行ったとき、弗300で買い求めたコアロアの「ウクレレ」だが、洋服ダンスの片隅に身を潜めていた。この教室で、ようやく軟禁状態から開放されたのである。生徒は子供から、70歳代のお年寄りまで、幅広い。ハッピーバースデイ、アロハオエ、涙そうそう、ふるさと、カイマナヒラなど様々。楽器を弾くことにあこがれはあったが、これで何とか実現はできたが、みんな楽しく弾いているが、そんななまやさしいものではない。1回2時間の全8回のコース。左の指は弦を押さえるので、翌日までしびれているような違和感は残る。天性の音楽、リズム音痴などで、最後まで右手の指で弦を引きおろすことに苦労した。空振りもしょちゅうだ。タンタンタッタッタなど8ビート、ハワイアンビートなど音では分かるのだが、右手がそのように動かない。孫の1歳の誕生日には、ハッピーバースデイの歌を披露したいものだ。
2011年 08月 18日
日曜日の夕方、友人の結婚式に出席した娘が、食卓でくつろいでいた。一日孫を預かり、母親に無事返すことができて、私もほっとしていた時だった。私の右手の親指に、何かムカデのような黒いものが、2匹クロスしてのっていた。私は思わず立ち上がり、必死で右手を真下に強く振り下ろした。再び、親指を見ると、しっかりしがみついている。こころなしか、チクッと刺したような気がした。思わずテーブルにあったティッシュを左手にとって、右手のムカデのような虫を引き剥がし、床にたたきつけた。春にはこの部屋でハチに刺されている。今度はムカデ?かっ!たたきつけられたムカデ?はややカーブを描き、まるで何か物体のように身動きひとつせず、ティッシュの中に、横たえていた。娘は高い声で、身をくねらせて笑いこけていた。なんと、そのムカデ?は先ほどまで娘の目の上に付いていたつけ睫毛だった。私はあまりの恐怖にそのあたりの記憶が飛んでいるのだが、つぶやいたそうだ。「なんだ、お目目ちゃんのかあ」未だに、なぜ私の親指にくっついていたのか分からない。
2011年 08月 14日
かれこれ、10年以上、バーティカルタイプの手帳を使っていた。立て位置に時間を区切られるので、自ずと時間の幅が分かり、空き時間も分かる。定年を間近にして、左側に週タイプのリフィルに変えた。右側にはToDoを書き、そこそこ使えた。それがどうだろう、肩書きも、取締役だけとなって、閑職についた。めっきり、仕事が無くなり、会議も少なく、人とも会わなくなり、外に出向くこともほとんどない。そのため、マンスリータイプのリフィルに変わった。それも、OutLookのマンスリー画面をプリントアウトしたものを使っている。いやはや、寂しくなりました。
2011年 08月 14日
私が患っている不整脈と網膜裂孔に伴う飛蚊症はある程度、年を重ねることでいづれも、自覚症状が薄れ、気にしなくなるということである。もちろん、鵜呑みにはしないが、明るい話である。この60歳という人生3/4を終えた段階が老年期への移行期間だと思えてくる。ここでしっかり、健康を維持することが、ハッピーなリタイアメントを実現する原動力になる。ただ、反対にこの5年間で、新たな病を生じさせる両刃の剣ともなりえるのである。この時点で、今の私の「二病息災」をしっかり私の体で受け止め、脳梗塞や網膜はく離の不安のリスク要因を少しでも払拭したいものである。
2011年 08月 13日
寝床で、うつ伏せになって、読書をしていたら、布団の端を虫が這っていた。また、飛蚊症の仕業だと思っていたら、なんと本物の小さなクモだった。いつもより、やさしく殺した。
2011年 08月 12日
網膜に孔が開いているとは言え、視力は十分にあるのだが、この黒いすす、黒いゴマ粒のようなものが、左目の視野一面に広がっている。それは奥行きがあり、まるで3D映像のように立体的なのである。新聞、パソコン、読書、テレビなど見るにつけても、ピントが合いにくく、はなはだ気になる。慣れてきたと言いたいのだが、これからこれと付き合っていくのか、つい「くじけないで」という本のタイトルが頭に浮かんだ。
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「人生の整理術」~老いをスッキリ愉しむ秘訣~保坂隆著を読む。
「スッキリ落ち着いた暮らし 68のヒント」(金子由紀子著)を読む。